anonymass

思い出と心中したい

『虐待の連鎖』の現実

 

こんばんわんこそば。

華金だからといって何かするわけでもなくゲームしてるはなうぇいです( .. )

 

今日書くことはね、ちょっと重い話なんですが結構知って欲しいし、色々な人に読んでほしいことです。

 

 

いくつか前の記事に、私自身が小学生の時虐待されていたことを書いたと思います。

そこで、虐待がもたらす負の連鎖について大雑把に書きます。できるだけ短くするよ。

 

まず、虐待されていた人にありがちなことってたくさんあるんです。

「怒鳴り声が苦手」「音に敏感」「誰かが手を上に上げると体が強張る」など。

その中にですね、

『自分の子供を育てる自信が無い』

っていうのがあるんです。

その大きな理由として「自分が親にされたように、我が子に暴力をふるったり体罰を与えたりしてしまうかもしれない」という独特の恐怖があります。

実際、虐待が日常的に行われている家庭の親は過去に自身が虐待されていたケースがたくさんあるそうです。

 

普通に考えれば、虐待されていたのだから子供に優しく出来るはずでは?

やられて嫌だったことを子供にやらなければいいだけでは?

 

と思った方、ノンノンノン^^

まずその常識が通用しないんです。

虐待されてきた人というのは、大人になって「うちの家っておかしかったんだ、虐待だったんだ」と気付くわけですが。

肝心な『どこがどうおかしくて、本当はどうあるべきだったのか』を知らないんです。

当たり前ですよね、他人から見れば異常な環境で育ってきたけれど本人からすればそれがすべてですから。子供がなにか悪さをしたり騒いだりすれば、怒鳴りつけるか暴力か・・・何かしらの子供が絶対に逆らえないような圧力をかけて黙らせるしか場を収める術を知らないんですよ。

 

でも自分がされていて辛かったことだし、大人になった今も尚こうして悩まされている・・・だったら最初から子供を産まなければいい、幸せにする自身も勇気もない。自分の二の舞にはなって欲しくない。

 

というのが虐待されていた側の意見なのです。

 

 

そういう人の親も、かつて虐待されていたというケースがザラにあるんですからまったく二進も三進もいかない問題です。

世間では『虐待する親は害悪』みたいな風潮があります。確かに子供に非はないですから親が悪いのは間違いないです。

ですが、その害悪とされる親も苦しんでいるのかもしれないのです。

 

これを『虐待の連鎖』といいます。

 

特に昔は悪いことをすれば親に折檻されるのが当たり前の時代でしたから、日常的な子供への暴力という習慣が残ってしまうのも致し方ない、と言ってしまえばそれまでです・・・。

 

 

子供に暴力を振るうなんてありえない!そんなの人間のすることじゃない!

と声たかだかに叫んでいる人たちへ。

あなたはきっといい御両親に恵まれたか、優しい心の持ち主なんでしょう。素晴らしいことです。

でも、『虐待の連鎖』から抜け出せずに現在進行形で苦しんでいる親子がいることも、頭の片隅くらいには置いておいて欲しいのです。

連鎖の中で苦しんでいる彼ら彼女らもまた人間。自分の子供を、自分が愛されなかった分も愛したいという気持ちが強いのです。

 

そして、そういった人たちのために働く機関がもっと必要だということも事実。

今もこの狭い日本のどこかで、愛されずに泣いている子供、愛し方がわからず泣いている親はたくさんいるはずですから。

 

 

 

はい。

いつものように書きたいことがまとまらなかったよ\(^o^)/

でも目が乾燥してひどいからこのままシメるよ\(^o^)/

 

 

それではお疲れ様でした〜ばいばい。